あんまり有名じゃなくて

なるほど、証真上人については私はほとんど何も知らないのですが、その影響が聖光上人に生きていたんですね!
おそらく、平安末から鎌倉初期ぐらいが、比叡山の最も光を放った時期で、そのあとは本当に堕落してしまって、信長が焼き討ちをせざるをえないような状況になったのではないかと思います。
また、内部にも行き詰まりがあったのかもしれませんね。
聖光上人も結局証真上人のもとを去って法然上人にはせ参じましたし、法然上人も皇円阿闍梨よりも(魂の上ですが)善導大師のもとへとはせ参じるようになりましたよね。
学問のレベルは比叡山はすごかったんでしょうけれど、それ以上、さらに宗教として歩みをすすめようとすると、浄土門に闇金相談 神戸脱皮しなければならなかったような気もします。

今日は、だいぶ前に図書館で借りてた浦宗勝についての本を、延滞で催促が来たので、あわてて読んで返却した。

浦宗勝は、たぶんあんまり有名じゃなくて、私も最近までよく知らなかったのだけれど、知る人ぞ知る戦国時代の名将。

毛利元就と小早川隆景に仕え、
毛利・小早川両家の水軍を率いて数多の合戦で活躍した人物。